夕田墳墓群について

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夕田墳墓群について

名 称

()()墳墓群(ゆうだふんぼぐん)() (蓮野1号墳・杉洞1号墳・夕田茶臼山古墳 計3基)

 

所 在 地

 夕田茶臼山古墳 : 岐阜県加茂郡富加町夕田692番1外2筆

 蓮野1号墳    : 岐阜県加茂郡富加町夕田314番11

 

「夕田墳墓群」が国史跡に

  令和4年6月17日に開催された国の文化審議会は、町内夕田地区にある「夕田墳墓群」を国史跡に指定することを文部科学大臣に答申しました。

 

特 色

夕田墳墓群は2世紀後葉から3世紀中頃にかけて築造()された(()墓(ふんきゅうぼ)及び古墳です。突出部付(とっしゅつぶづき)(()()()野(はすの)1号墳、()洞(すぎぼら)()1号墳、前方後円墳(ぜんぽうこうえんふん)()()()()臼山()古墳(ゆうだちゃうすやまこふん)()からなっています。弥生()時代()終末期()から古墳()時代()初頭()にかけての首長()墓(しゅちょうぼ)変遷)やその()()構築法(ふんきゅうこうちくほう)()がわかる事例として重要な事例です。(弥生()時代)終末期()から古墳()時代()初頭()にかけて築造()された突出部付()()()()及び前方後円墳()

今回は、()()墳墓群()のうち2基(()()1号墳・()()()臼山()古墳())が国史跡の指定となる予定です。

 

夕田墳墓群の概要

濃尾()平野()の北東端、()浦川(かわうらがわ)()左岸の丘陵地の入り口部丘陵上及び谷奥の舌状()丘陵()突端部()に築造された、()()1号墳(墓)、()()1号墳(墓)、()()()臼山()古墳()の3基からなる()()()及び古墳です。()()1号墳(墓)は平野部を見下ろす丘陵前端()の頂部に立地する直径約15mの()丘状(えんきゅうじょう)()()丘部(しゅきゅうぶ)()()丘部)直径()とほぼ同じ幅の方形()に近い突出部()が取り付く、()()28mの突出部付()()()()の可能性が指摘されています。()()1号墳(墓)は、()()1号墳(墓)の北西約170mの丘陵頂部に立地する直径約18mの()丘状()()丘部()に長方形の突出部()が取り付く、()()30mの突出部付()()()()の可能性が指摘されています。()()()臼山()古墳()前方後円墳()で、()()39.5m、後円部径()24.5m、前方()部長()15.0m。前方部()前面()には()()丘陵()を画す()が掘り込まれている。埋葬()施設()木棺直葬(もっかんちょくそう)()である。3世紀中頃の築造()である。

 

改1蓮野1号墳 墳丘復元図.jpg

 

改1杉洞1号墳 墳丘復元図.jpg

 

改1夕田墳墓群 夕田茶臼山古墳俯瞰(西より)(富加町提供).jpg

夕田茶臼山古墳俯瞰

改1夕田墳墓群 夕田茶臼山古墳確認調査写真(富加町提供).jpg

夕田茶臼山古墳確認調査写真

 

東海地域においては弥生()時代()後期後()()前方後()方形()()()()出現()し、終末期()後半()に増加することが知られています。()()墳墓群()はそれとは異なる()()()展開()指摘()されており、弥生()時代()後期()後半()から古墳)時代()前期()にかけての墳墓()の展開を考える上で重要とされています。中でも()()()臼山()古墳()は、当該地域において、いち早く造られた前方後円墳()であり、前方後円墳()の東日本への広がりを考える上で重要です。

 

出土品について

 夕田茶臼山古墳の模型や夕田墳墓群から出土した土器等の一部を、富加町郷土資料館にて展示しております。ぜひご覧ください。

 

現地について

 場所については夕田墳墓群案内図をご覧ください。夕田茶臼山古墳と蓮野古墳は近くで見学ができますが、杉洞1号墳は民有地のため立ち入りができません。お車でお越しの方は「富加町郷土資料館駐車場」または「夕田茶臼山古墳見学用駐車場」をご利用ください。富加町郷土資料館でもマップを配布してご案内しています。

 

夕田墳墓群案内図(保育園).jpg

 

調査報告書について

・夕田茶臼山古墳については以下からダウンロードしてください。

 夕田茶臼山古墳報告書 (PDF 13.1MB)

・蓮野1号墳と杉洞1号墳の調査については『夕田墳墓群総括報告書1』に所収しており、富加町郷土資料館にて

 1部1,000円にて有償頒布しております。

 

お問い合わせ

 富加町郷土資料館  富加町夕田212 TEL:0574-54-1443

 開館時間:9:00~16:00、休館日:月曜日・祝日の翌日・年末年始

 

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